1967年刊行、SF作家の筒井康隆氏による名作短編小説『時をかける少女』。
今から半世紀以上前に書かれたわずか数十ページほどの短編小説でありながら、NHKドラマ「タイムトラベラー」に始まり、大林宣彦監督の実写映画版、そして細田守監督のアニメ映画版と、世代を問わずリメイクされ続けている名作中の名作です。
以下、あらすじの要約です。
主人公の少女、芳山和子は、ある日学校の理科実験室で「ラベンダーの香り」を嗅いだ後、不思議な体験をします。その後、彼女は過去に戻ったり未来に行ったりする「タイムリープ」と「テレポーテーション」の能力を持ったことに気づきます。
和子は最初、この能力をうまくコントロールできず、日常生活で様々な混乱を引き起こします。しかし、やがて友人の深町一夫と浅倉吾朗に協力を求め、タイムリープの原因を探り始めます。
調査の結果、和子は自分がタイムリープできる原因が、同級生の深町に扮した未来人ケン・ソゴルの影響であることを知ります。ケンは、未来からやってきた科学者で、タイムリープとテレポーテーションの研究を行っていました。和子は、彼が調合した薬品(ラベンダーの香り)のトリガーを偶然受けてしまったのです。
なぜ理科の実験室に「ラベンダー」があったのか?
「なんのにおいかしら?」
それは、すばらしいかおりだった。和子はそのにおいがなんなのか、ぼんやりと記憶しているように思った。−−−なんだったかしら?このにおいをわたしは知っている。−−−甘く、なつかしいかおり・・・。いつか、どこかで、わたしはこのにおいを・・・。
もしかしたら小説の舞台は北海道なのでしょうか?戦後北海道ではラベンダー精油の製造が盛んに行われており、富良野地域の名産として広く知られていました(1970年頃に最盛期を迎えます)。だとしたら、学校教育の目的でラベンダー精油を活用していたのでしょうか。
もしくは「ラベンダーのような香り」ということで、ラベンダーの香りがする合成成分の可能性はあるでしょうか。酢酸リナリルなどラベンダーを思わせる香気成分は、すでに化学的に製造することが可能です。
しかし、この点に関して、結末で明確に否定できる文章があります。
未来人ケン・ソゴルがこう説明しているのです。
かれは身体移動能力刺激剤──専門用語でいえばクロッカス・ジルヴィウスという薬品なのだが──これにラベンダーという、シソ科の常緑亜低木の花を乾燥させた香料を加えると、どうやら思ったとおりの効果が得られるらしいことを発見した。そしていろいろな失敗を重ね、苦心したすえに、やっと薬を作ったのである。
--中略--
「なぜ、あの家庭を選んだかというと、あの人たちは温室に、ラベンダーを育てていたからだ。ぼくはあの花からクロッカス・ジルヴィウスを作り、未来へ帰るつもりだったんだ」
2660年の世界からやってきたケン・ソゴルは和子の同級生、深町一夫に扮しています。彼が未来からやってきたのはこの薬を自身で試して失敗してしまったからだといいます。
薬の効果は、テレポーテーションとタイムリープ。身体移動能力刺激材という薬品に、ラベンダーの香料を加えるとできるらしい。ご丁寧に「ラベンダーの花を乾燥させた香料」とまで記載してあるところから考察すると、これは天然香料に違いない。また、未来へ帰るためにわざわざラベンダーを育てている夫婦の息子に扮していることからも、未来においても現在においても天然のラベンダーから抽出していることになります。
ということは、理科の実験室に置いてあったラベンダーの香りがする液体は、深町に扮した未来人ケン・ソゴルが持ち込んだものであるということが分かります。理科の実験でラベンダーの香りを使うことなど、当時もなかったはずなのです。
タイムリープに「ラベンダーの香り」が必要だった3つの理由(考察)
未来人が製造したこの薬を使用すると、テレポーテーションとタイムリープ、2つの効能を同時に発揮することができるわけですが、現代のアロマテラピーや科学的見地から、なぜ「ラベンダー」だったのかを考えてみることにします。
① 究極のリラックス・瞑想状態が「時空」を超える?
ラベンダーにはリラックス効果があるとされ、癒しや安らぎを象徴する薬草としてアロマテラピーでは代表的な香りとなっています。時空を越える際の強烈な不安を和らげ、意識を極限まで集中するための象徴的な香りとして使われていると考えられます。
時空を越える際に必要な「高い集中力」と「ストレス軽減効果」が必要だったために、ラベンダーに辿り着いたとしたらどうでしょう。
2000年代以降の研究によって、ラベンダーの香りを嗅ぐことで脳波のα波が増加し、心身のリラックスが促進されることが確認されています。さらに、ラベンダーの精油を吸入することでストレスホルモン(コルチゾール)が低下し、ストレスが軽減されることも報告されています。
また、ラベンダーの香りは「安眠」の香りとしても知られており、深い睡眠(デルタ波)が増加することが科学的に実証されつつあります。こうした深い睡眠や緊張緩和といった効果が「深い瞑想状態」を導き、哲学的な解釈としての「時空を超える」一助となっているのかもしれません。
② 古代エジプトから続く、不思議な力を持つ神秘性
最も古い史実として、3000年以上前の古代エジプトで、ミイラ作りの防腐剤としてラベンダーを使用していたという記録があります。
ミイラの包帯にラベンダーを浸透させることで、保存状態を良くし、香りを付ける役割を果たしていました。古代エジプトにおいて、死者の保存は神聖な儀式。ミイラを作ることは、肉体の保存を通じて永遠の生命を確保し、死後の世界での復活を保証するための重要な宗教的儀式だったはずです。
ある意味、古代エジプト文化も我々からすると「過去からのタイムリープ」のようなもの。数千年前の姿を今に伝える貴重な遺跡です。
また、新約聖書でもマリアがイエスの足を洗う際に使用した「ナルドの香油」がラベンダーだとされており、宗教的儀式で使用されてきた歴史があります。このようなラベンダーが持つ歴史的な“神秘性”が、筒井康隆氏にインスピレーションを与えたのではないかと想像します。
③ 香りと記憶の魔法「プルースト効果」
【プルースト効果とは?】
特定の香りや味が、強烈な記憶を呼び起こす現象。フランスの作家マルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』で、主人公が紅茶に浸したマドレーヌの香りをきっかけに幼少期の記憶が鮮明に蘇るシーンに由来します。
「いつか、どこかで、私はこのにおいを...」と、和子は初めて嗅いだはずのラベンダーの香りについて感想を述べています。和子はすぐにそれがラベンダーだと気づき、「懐かしい香り」とまで言っているのです。
ラベンダーの香りを嗅いだことで、直接的に過去の記憶がフラッシュバックしたわけではないかもしれませんが、それが薬品と合わさることで、タイムリープという効能を獲得した可能性があります。
嗅覚は本来、危険を発見するために備わった能力のひとつで、脳の本能(記憶や感情)に最も近い分野です。具体的な出来事は思い出せなくても、以前嗅いだことのある香りで、はるか昔の情景を思い出した経験は誰にでもあるはずです。
飛躍した解釈になりますが、それが「未来の記憶」であったり、「未知の香り」であったりするのが名作SF小説たる所以かもしれません。

今日から体験できる「幸福なタイムリープ(安眠)」
『時をかける少女』は、ラベンダーを仲介役に「出会いと別れ」を描いた青春SF小説です。そこには人間の感情と密接に関わる「時間の認識」や「記憶」という哲学的なテーマが含まれています。
実は「安眠」というのも、まさに「時間の捉え方」のひとつだと感じることがあります。
ぐっすり眠っている時間はあっという間に過ぎ去り、目が覚めればすぐに「明日」という未来に到達しています。反対に、緊張や不安で寝苦しい夜は、時間が果てしなく長く感じるものです。
そういった意味において、本物のラベンダーの香りを嗅いで、脳をリラックスさせ、深くよく眠るということは、私たちにとって最も身近な「幸福なタイムリープ(未来への跳躍)」にあたるのではないでしょうか。
まだタイムリープを体験していない方は、ぜひ今夜から。
私たちが南フランス・プロヴァンスの標高1,400mの農園で育てている「真正ラベンダー」は、小説の中でケン・ソゴルが求めたような、自然そのままの豊かな香気成分を持っています。
夜寝る前に、ティッシュやアロマストーンに真正ラベンダー精油を1滴垂らして枕元に置いてみてください。あるいは、お風呂に数滴垂らして目を閉じてみてください。
合成香料では決して味わえない、本物のラベンダーの深く甘い香りが、あなたをノスタルジックな記憶と、深く安らかな眠りの世界へ誘います。もしかしたら、夢の中で本当に時をかける不思議な体験ができるかもしれませんね。
