プロヴァンス地方でラベンダーを収穫する夏|南仏ラベンダー滞在記 2024 Vol.3

プロヴァンス地方でラベンダーを収穫する夏|南仏ラベンダー滞在記 2024 Vol.3

香りが最高潮に達する瞬間──ラベンダー収穫の合図

南フランスの風は紫色。本当にそう思えるほど村中が香りに包まれる期間は思ったよりも短い。2024年は7月24日に満開を迎えた。満開の知らせを聞いて、僕は朝早くに車を走らせて崖の上にあるラベンダー畑へと向かった。

7月20日頃までは「今年の収穫はまだまだだ」と話していたヴェロニクの言葉が一変し、わずか4日間で一気に七分咲きから満開へと変化した。連日の猛暑と快晴によって、ラベンダーは一気に花開いたようだ。色とりどりのラベンダーの花の色は、この地のラベンダーが在来種であることを示している。

ところで、アルジャン村の気温について、日本の夏との違いを解説する。
標高1400mの高原地帯とあって、さすがに日本よりはかなり涼しい。しかも、標高2500m級のフレンチアルプスに囲まれているため、時折涼しい風が吹いて心地よい。海に面していないので湿度も低くカラッとした心地よい風だ。

とはいえ、さすがにプロヴァンス地方。太陽の強烈な日差しはサングラスをしていないと目が焦げてしまいそうになるほど強い。標高が高いこともあって気温は低いのにも関わらず、日向に出ると紫外線がかなりキツくて体感は日本と同じくらい暑く感じる。

無事に満開を迎えた──

無事に満開を迎えた喜びは、農園の仲間たちにとってもひとしお。ここ数年、気候変動の影響で収穫前に集中豪雨に見舞われ、ラベンダーが流される年が何度もあったからだ。自然に左右される農業の厳しさを思い知らされる中で、今年の無事な収穫はまさに歓喜の瞬間であった。

アルジャン村で始まる、収穫と天日干し

朝8時、農園に到着すると、すでにラベンダー刈り取り機が動き始めていた。見た目はアンティークそのものだが、まだまだ現役である。フランスでは物を大切にする文化が根付いており、蚤の市の盛況ぶりにも表れているが、こうした農機具の使用にも国民性が表れている。蒸留器やトラクターも、古いものが長年大切に使われている。

刈り取り機は勢いよく収穫を進めるが、小さな花穂は刈り残されてしまうようだ。こうした点では、日本製の農機具の精密さを感じさせる。刈り残された部分は人の手で収穫される。手に鎌を持ち、一つひとつ丁寧に刈り取るその作業は、まるで日本の田んぼを思わせる。

田んぼと違うところと言えば、ラベンダー畑は良い香りがすること、畑の中から野ウサギが飛び出してくるところだろうか。ラベンダーの株の中に巣を作っていた野ウサギがビックリして逃げ出してくる様子は、なんとも可愛い瞬間。動画を撮りたかったが、足が早くて逃げられてしまった...

 

収穫したラベンダーは刈り取り機から降ろされ、雑草を取り除いた後、トラックに載せられる。一度に運搬できる量は約2トンである。雑草の仕分け作業は、無農薬栽培ならではの労力を要する工程だ。他の多くの農園では省略されることもあるが、ブルーダルジャン農園では一つひとつ手作業で行っている。

この雑草の大半は「ワイルドキャロット」と呼ばれる野草で、いわゆる「野良ニンジン」である。食用には適していないが、名前の響きだけは美味しそうである。

美味しいモノなら良かったのに...と思いながら、淡々と仕分けていく。

こうして仕分けられた真正ラベンダーの花は、トラクターに載せられ、広大な草原へと運ばれる。並べて天日干しするこの作業こそ、ブルーダルジャン農園ならではのこだわりである。天日干しによって水分を飛ばすことで蒸留器内の密度を高め、より多くの精油を抽出することが可能となる。

天日干しはブルーダルジャンの濃厚な香りを生み出す重要なポイント。余分な水分を蒸発させることによって蒸留器の中の密度を高め、より多くの精油を取り出すことを可能にする。凝縮感のあるワイルドな香りは、この作業から生まれていると言っても過言ではない。

天日干しは通常48時間。その間、辺りにはラベンダーの濃厚な香りが漂い、まるで世界で最も上品な香水に包まれているような錯覚を覚える。

香りの雫が生まれるまで──真正ラベンダーの蒸留

丸2日間の天日干しを終えると、大きな蒸留器に積み込む作業が始まる。この頃になると収穫作業は中盤に差し掛かり、朝は収穫、夕方は蒸留というルーティンになる。アルジャン村にはラベンダーの仄かな香りが漂っていて、シーンと静まり返る。時折、バカンス中の子供達が村の広場でペタンク(フランス発祥の球戯)を楽しむ声が聞こえる。

蒸留前の最後の作業は、丹念に雑草が混ざっていないかを確認し、足でラベンダーを踏み固めていく作業だ。蒸留器はおよそ2トンのラベンダーが入るため、相当深い。人間がすっぽり入ってしまうほどの深さがある。

乾燥ラベンダーは大型トラクターの荷台に積まれ、その荷台がそのまま蒸留器として機能する。人が荷台に入り、足で花を踏み固めることで、蒸気が均等に行き渡り、香りの成分を効率よく抽出できるようにする。約2トンのラベンダーを積み込むには、4人がかりで3時間ほどかかる。

こうして満タンになったトラクターはラベンダー畑から村の蒸留所へと向かう。

蒸留所に到着すると、2トンのラベンダーを積んだトラクターに蒸留器がセットされて水蒸気の轟音とともに蒸留が始まる。笛吹ケトルが沸騰している音を思い浮かべてもらうとわかりやすいだろうか。超巨大ケトルが沸騰しているような爆音が鳴り響く。

そんな爆音とともに、ホームパーティーならぬ蒸留所パーティーが始まった。

2トンのラベンダーを蒸留するのにかかる約2時間、火を使っているのでこの場を離れるわけにはいかない。そう言ったわけで、ビールにワインにピザにチーズ...フランスらしいアペロの時間が始まった。

アペロとは、正式名称「アペリティフ」のこと。食前酒を意味するフランス語ではあるが、同時に食前酒を飲みながら過ごす時間そのものを指すこともある。だいたい夕方5時頃から7時頃の時間帯に行われることが一般的なフランスの日常だ。

時折、水蒸気と火の様子を窺いながら、うまく蒸気が蒸留器全体を回っているかを確認しつつ、ビールを飲みながらお喋りをする。内容はその時によって全く変わるのだが、この日は日本文化について。日本には残業という文化があって、アペロの時間がないことを話すと、彼らにはとても耐えられないものだと言っていた。

フランスは農業大国でもあるが、日本と同様にモノづくり大国の一面もある。フランスでは自由な空気感でありながら、「savoir-faire - 匠の技術」と呼ばれる職人の精神が宿るモノづくりを実践している。そんなおおらかな精神とライフスタイルを楽しみながら品質を向上させてきたプロヴァンス地方ならではの香り文化を垣間見ることができた。

 

夏の集大成──真正ラベンダー精油の完成

アペロ時間を楽しみながら蒸留を眺めて2時間。ようやくようやく蒸留が終わるころにはあたりは真っ暗になっていた。フランスの夏は日没が遅いとはいえ、プロヴァンス地方の山の中だと20時ごろには薄暗くなってくる。

蒸留された真正ラベンダー精油は、冷却路を通り、タンクの上部に湧いてくる。

まるで黄金に輝く泉のように、これが花から抽出されたものとは思えないほどの量がブクブクと湧き上がってくる。あたりに真正ラベンダー精油の香りが一気に広がる。最も新鮮な状態の真正ラベンダー精油の誕生の瞬間である。

昼夜をかけて無農薬で育てた真正ラベンダーの花々。満開を見極め、2トンのラベンダーを収穫し、雑草を取り除き、天日で干して、蒸留器に積み込んで、火を焚いて…そして今、ようやく目の前に現れた精油。2トンのラベンダーの花から、わずか5リットル程度しか抽出されない。

ちなみに、無農薬の在来種真正ラベンダーの花の中に含まれる精油の量は0.25%

一般的なラベンダーが1%前後であることを考えると、その4分の1であり、非常に希少である。

この香りは、古代ローマ時代から変わらぬ製法によって守られてきた文化遺産でもある。真正ラベンダー精油は600種類以上の成分から成り、現代科学でも再現できない複雑さを持っている。人と自然が織りなす奇跡の結晶であり、香りという無形の文化を未来へとつなぐ証でもある。

次回、収穫中に開催されたラベンダー祭りのレポート...

オート=プロヴァンス地方の中心都市、ディーニュ・レ・バンで開かれる伝統の祭りは今年で102回目を迎えた。乞うご期待。

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